二階堂奥歯さんと、「あの時代」という化け物

二階堂奥歯さんは2003年、26歳を目前に投身自殺で亡くなったという。

彼女の死後に出版された『八本足の蝶』は、彼女が生前に書いていたネット上の日記をまとめたものである。

ぼくは同世代で、その当時からインターネットをやっていたし、ネットで日記も書いていたが、彼女のことは知らなかった。

ウェブサイトで彼女の記録を読んでいたところ、「そういう時代だったな」とおもったのである。

2000年代に20代を生きた世代

二階堂奥歯さんとぼくはほとんど同世代であることから、ぼくもじぶんの20代、2000年代について考えてみたのだが、あの時代はどこか、決定的にバランスを欠いていた。

失われた20年などといって経済が停滞し、なんとなく安定した時代のようだったが、そんなことはない。

安定していたのは通貨価値だけであって、社会にいるだれもかれもじぶんとはちがう方向を向いているような気がしてならなかった。

おもうに、時代そのものがヘンだったのだ。

日本の戦後を俯瞰してみると、バブル以降の奇妙さがみえてくるかもしれない。

終戦によって日本の価値観が大転換したことによって、思想教育が忌避されるようになった。

……といったって、実際の戦前戦後の世代は、時代に教わるような形で戦前につながる社会思想に接したはずだ。

しかし、そんな思想も、1970年ごろにはほとんど残滓となっている。

だれも思想を教育しないから、戦後の世代は、無知な意味でのノンポリになっていく。

あれほど活発だった学生運動も下火になっていた。

日本は豊かになっていたし、戦争の不安も後退しており、社会思想によらなくても生きていけるのではないか、とおもわせるムードもあった。

思想も信仰も廃退して、資本主義だけがどんどん肥大化していた。

しかし人間、どんな時代であろうとも、思想や信仰がなければ生きていけないのである。

われわれの(つまり二階堂奥歯さんの)世代の多くは、あの時代をどこかぼんやりとした寄る辺ない不安と、資本によるお祭り騒ぎとの間で生きていた。

高度経済成長期以降の日本は、物質的豊かさと寄る辺なさが同居していた時代だったのである。

個人的な話

ぼくの友人は21歳で自殺している。

ちょうど2000年代に入るあたりだった。

いま考えればかれは抑鬱状態だったのだが、当時はまだ、鬱病に対する社会的な理解はなかったといっていい。

かれは社会に居場所を失ったが、その理由もよくわからないまま、じぶんの抱える精神的苦しみに身もだえするようにして自死を選んだ。

ぼくはずっと、かれはなぜ死なねばならなかったのかということを考えていた。

いまなら、アドバイスできることはある。

「こんなつかみどころのない社会なのだから、じぶんがこの社会に合わないということがあったって、なにもおかしなことじゃない」

心のよりどころになる思想が空虚なまま、資本主義の競争にだけ巻き込まれる苦しみ。

それがあの時代の日本を覆っていた空気だったとおもっている。

資本主義の神

二階堂奥歯の文章を読んでいると、じぶんの死を見つめ続けながら、同時に神を見つめているようだ。

つまり、じぶんを救ってくれる存在に期待していたのだろう。

彼女は核心をつかみかけている。

が、核心をつかみあぐねているようでもあった。

人間は信仰を持たねば生きていけないという核心を、彼女は手のひらでコロコロ転がしながら、持て余しているようなのだ。

べつに既存の宗教でなくても、じぶんの中に、この生きるに値せぬようにしかおもえぬ社会を生きるための、信仰の物語があれば、人間はなんとか生きていくことができる。

しかし、そういうことは、明確に教わらねば理解できぬことでもある。

資本主義社会のように、お金や物質でなんでも解決できてしまう時代では、よけいに理解しにくいところだろうとおもう。

目の前に信仰すべきなにかがあったとしても、それがじぶんの人生になんの恩恵ももたらしてくれないのであれば、それをどう取り扱ってよいのかわからないだろう。

彼女はじぶんのチカラで、じぶんを救ってくれる存在にかなりいいところまで肉薄して、力尽きたようだ。

この生き方はじぶんには苦しい、とおもったとき、その苦しみを逃がすための手段が、あの当時の日本社会には少なかった。(それは現代でもそうかもしれない)

あんなに自由な時代はなかったはずなのに、われわれの世代は不自由だったのである。

信仰の失われた時代

1995年にオウム真理教事件があった。

それまでの日本には、宗教に対する忌避感はあるにはあったものの、まだみんな信仰に対して無邪気だったといえる。

それがオウム事件によって、信仰をもつことそのものが忌避されるほどのアレルギーを生じることになった。

ぼくもやはり、信仰へのアレルギーをもった世代だ。

なのでぼくは、おなじ信仰を持つ者同士が集まるような宗教が苦手である。

信仰とは危険なものだ、という情報が子供の時代に刷り込まれたのだ。

こういった刷り込みは、なかなか抜けない。

当時を生きた若者たちの多くは、信仰に対する恐怖を植え付けられたまま、いまにも崩れそうな、ひどく頼りない物質社会の塔をさらに積み上げる作業に従事することとなる。

その物質社会も、現代とは比べ物にならないほど安定感がなく、頼りなかった。

物質社会ネイティブ

1970年代以降に生まれた世代はおおむね、物質社会ネイティブといっていい。

生まれたときから、ほんとうの意味でモノがなかったころを知らなくて、価値のあるモノがそこにあることの意味を掘り下げて考えずにいる。

二階堂奥歯さんも、この点について疑問らしい疑問を感じていなかったようだ。

日記の一部を引用する。

《ごしゅじんさまだいぼしゅう!》
二階堂奥歯の条件
・お金はいりません。衣食住と、愛情表現と、肯定をください。
・お風呂には一日二回入ります。
・活動的な種ではないので、部屋飼いで充分です。
・室内ではパジャマなどを着せてください。とても寒がりなのではだかは無理です。お洋服が好きなので、お外に出るときはおしゃれをさせていただけるとうれしいです。すきなブランドは VIVIENNE TAMと MORGANです。
・化粧品は AYURAで一揃いそろえていただければ大丈夫です。

お金がなくてもいいと言いながら、ブランドの服、化粧品という物質的虚飾には執着している。

稼がないのだから、お金がなくてもかまわない、という論理だろう。

しかしじぶんが労働力を還元しなくても、物質の受益者としてのじぶんを無条件に肯定してくれる「だれか」を求め、ペットとしてじぶんという存在をあずけてしまいたいという。

■■最重要条件■■
・いらなくなったら、必ずだれかに譲るか、殺してください。痛がりなので、なるべく痛くない方法で殺してください。私は全面的に協力し、決して抵抗はしませんので、スムーズに殺してください。殺し方は一緒に考えましょう!

もちろんこの日記は冗談の類であろう。

しかし、冗談の中にこそホンネはひそむものだ。

彼女は、半ば本気で、資本主義社会の中で神を求めていたのかもしれない。

概念としての神は決して物質を与えたりはしないし、頭をなでてもくれないし、じぶんを殺してくれるわけでもない。

すなわち資本主義に概念としての神は存在しない。

なので、彼女の望む物質を与えてくれるごしゅじんさまも存在しない。

それがわかっているから、彼女は冗談めかしているのではないか。

相手の条件
・本が好きな人。おうちに本が沢山ある人。
・年上の男性。三十代後半から四十代半ばくらい。
・東京在住の人。
・精神的に余裕があり、安定している人。
・優しい人。安全な程度のいじわるを時々してくれる人。

男性をイメージしていたようだが、彼女の列挙する条件をすべて見事に満たす人間がいたとしても、彼女を納得させることはできなかっただろう。

彼女は犬がご主人様を妄信して尻尾を振るように、じぶんのすべてをあずけてしまえるなにかを求めていた。

しかしその存在が物質社会の中から現れることはありえないので、彼女の渇きが満たされることもない。

重要なのは、ご主人様がモノを与えてくれるかどうかではなく、信仰するに値する存在かどうか、ということではないだろうか。

時代の正体

いま当時を振り返ってみると、彼女のしぐさは、信仰に対する恐怖がうずまいていたあの時代の日本の、一定数の人がたどった道筋だったようにおもえる。

社会に疲れ果て、さりとて資本主義社会の恩恵を捨てきる勇気もなく、じぶんに見合った信仰も得られず、どこにも逃げ場がなく、死を望みながら死を恐れる。

ぼくらの時代には、そんな苦しみを抱えていた人がほんとうに大勢いたのだ。

そして時代の正体は、すくなくとも四半世紀ほど経たないと見えてこない。

それも、いまぼくが話したようなうっすらぼんやりした形でしか見えてこない。

ある程度はっきりした形で俯瞰できるようになるには、半世紀から一世紀は必要だろう。

もちろん、いま現在を生きるわれわれは、時代を俯瞰する手段もないまま、徒手空拳で闘うしかないのである。

ぼくには、うすぼんやりした「あの時代」という化け物が、まるで気圧のようにあの当時の若者の心身に影響を与えていたような気がしてならない。

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